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ポジティブに生きる考え方。漫然と生きていたからこそ考え直す自分の8つのルール・ビジョン。

ポジティブに生きる考え方。漫然と生きていたからこそ考え直す自分の8つのルール・ビジョン。

漫然と生きてません?なんとなく周りに流されて楽な方に行ったり・・

自分は気がつけば漠然と生きてます。なのでちょっとルールを作りました。長期的なビジョンを持ちたいっていうのがあるので、それにつなげられたらいいな、という生きるルール。

8つのルールを作って、「エイトルール」(Eight Rules)と呼ぶことにする。セブンルールのパクリ・・です。いいことはパクらなきゃ。

どんなことでも文字にするというのが案外大事なのだ。文字にできるのは武器になるし、整理になる。引き寄せの法則というのもある。

“It is never too late to be what you might have been.”- George Eliot

「なりたかった自分になるのに遅すぎることはない。」

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(1)やりたいことは口に出す。文字にする。発信する。

表現しなかったら伝わらない。やりたいことは口に出す。動きで示す。文字にする。発信する。引き寄せの法則。

受動的で待っているだけでは何も起こらない。能動的に動くべし。

これってすごくエネルギーがいると思う。なんでもやりたいこと言う人がいるけれど、そう言う人になりたいって思う。

問題は、やりたいことがわからないと言うことだ。


(2)消費だけではいけない。生産しよう。

消費をするって結構楽で、お金を払ってなんか楽なものとか美味しいものとか享受すればいい。

生産的ってなんだろう。仲のいい友達と飲んだり、山に登ったり、海外に旅に行くことは生産的なんだろうか。

自分としては、そこで何かが得られればそれは「生産的」ってことでいいと思っている。この定義なら英語の勉強だって、何かの技術や能力を身につけることも生産的だ。

さらに一つ上の概念として。「誰かに良い影響を与える」っていうのを採用して「生産的」という定義でもいい。

この定義だと、素敵な写真を応募して誰かの息抜きになったり、ブログとかでちょっと役に立つ情報を発信するのも生産的。

前者が自分に対する「生産」、後者が何かに対する「生産」ということかな。

(3)物語を持つ。

文化・歴史・科学。あらゆることの裏側には人の努力があり、物語がある。フィクションという意味ではなく、ノンフィクションであり、ドラマであり、理由がある。

自分の生き方にも物語を。行動にも物語を。

難しいし、時に後付けになってしまうけれど、物語を持てるように生きるのって大切だと思うし、人を動かす力になるかもしれない。

物語を持とう。

(4)お金の価値は流動的。倹約だけが美徳じゃない。

全ては時価。お金の価値は流動的。

これは金融商品を買うと痛感することがあります。パーセントにすると少しでも、扱う金額が大きいと絶対的な金額は大きくなる。

たくさんそういうのを買っているわけではないけれど、1日で数万円プラスになったりマイナスになったりする。

1965年の1万円は2017年には4.1万円(消費者物価指数ベース(参考:日本銀行))。いま頑張って100万円貯めても、50年後には25万円ぐらいの価値になってしまっている可能性があるってこと。絶対的な金額は変わらないからね。

だからと言って物価変動型の金融商品が全てじゃないし、リスクは分散したほうがいい。

そういう議論がしたいのではなくて、お金の価値はそれぐらい流動的。貯めるのも良いけれど、使うときに使わなければ。

極論、一年で100万円貯めたということは、100万円分のチャンスを今年は得られなかったとも言える。

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(5)自分で決める。自分で動く。

自分で決める。自分はこれが苦手で、結構どんなことでも誰かに決めてもらいたいタイプ。

自分で決めようが決めまいが、責任は自分が取らなきゃいけない。じゃあ自分で決めたほうがよくない?(俺は決めてもらったほうがいいのだけれど)

誰かに決めてもらうっていうことは、それがうまくいかなかった時の言い訳を作っているというわけだ。ずるい。な、俺。

やりたいことがある人は自分で決める方針が決まっていて羨ましい。でも、そんなこと言ってないで自分で決めて自分で責任を取らなきゃいけない。

人に声を誘ったりするのも苦手。いや、苦手だと思っていただけなのかもしれないし、自分だけじゃなくて結構みんな苦手だと思っているだけだ。そう信じて、今は結構頑張って自分から声をかけるように努力している。

人間関係に限らず、仕事でも趣味でも自分から動かなければ得られないものも多い。ということに遅まきながら気がついた。こんなことでも文字にするのが大事だ。

悩んでもいいから、失敗してもいいから、自分で決めよう自分から動こう。うん、頑張る。

物事の価値は、たまに人が決めるけど原則自分が決める。だからこそ、他人との相対値の中で生きてばかりではいけない。人の期待に応えるために生きてはいけない。相手が答えてくれるとは限らないしね。

「世界は広いけれど、その気になればどこに行くことだってできる。」

(6)全てのことには人が関わる。

知らなかったでしょ、インターネットの向こうには人がいるんだぜ。

いや、インターネットだけじゃない。オフラインのWordとかNumberとかそう言うのだって、向こう側にはだいたい人がいる(ときに自分しかいないけれど)。

今読んでるこの記事だって、人が書いてるんだぜ。

ツイッターの向こうにも当然人がいるから、ちょっと考えてから書いたほうがいいし、Amazonとかの評価に書くときにもその製品を作った人がいるってこと。

どんな会計システムやもっと大きい社会的な経済システムにも人がいる。その限りにおいてミスは起こる。人はミスるものだ。

全てのことには人が関わる。対面であってもなくても、ちょっと不愉快なことがあっても言い方は考えなきゃいけない。クラクションを鳴らす前に立ち止まろう。

ひとり旅だって結構大勢関わるでしょ?

全てのことには人が関わる。

(7)人生に意味はない。どう意味を持たせるか。

人生に意味はあるかと言う哲学的な問い。

自分の現時点の答えは人生に「意味はない」。

意味がないってことは可塑的という意味でもあって、どのように自分で定義してもいいってことだし、自分で意味を持たせなくっちゃいけない。

どう意味を持たせるか。とても難しい。

何をしてきたかより、何を残したか。

(8)なりたかった自分になるのに、遅すぎることなんてない。

時間は過去・現在・未来ってあって、でも生きられるのは現在しかないんだ。過去にばかり生きてもしょうがないし、未来に生きるもほどほどの方がいい。

過去があっての現在だから、過去を肯定することで現在が実りあるものになる。この前提に立つと、過去を肯定することは現在を肯定することで、未来の肯定につながって永遠に実りが生まれることになる。(前提に無茶がある?)

過去に戻ることはできないし、未来における過去が現在だから、未来を肯定するために現在を肯定できる生き方をしていく。何かを始めるのに、なりたかった自分になるのに遅すぎるなんてことはない。

自分が決めた道がいつも正しい。自分がいる場所がいつも正しい。

自分が何になりたいかなんてわからない。今週末に何したいか、夏休みにどこ行きたいかとかならともかく、3年後にどんなことしていたいかなんてわからない。

わからない以上、探さなきゃいけない。必死で目の前のことをやったり興味のあることに打ち込めば出てくるかもしれない。

飽きるということは、飽きないことを探すために必要な生理現象なのかもしれない。

* * *

これらの考え方は自分ができていないからこうしよう、こうできたらいいなって言うものです。

共感するものがありますでしょうか。

2019年2月、こんなことを考えた、と言う。ある意味人生のビジョンをちょっとだけ立てました。と言うことで。

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