【ジンバブエ旅行記6】初めてのアフリカ・ジンバブエひとり旅!ジンバブエの学校を訪問した話

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衝撃的な村だった。ちょうど見学し終わったぐらいのいいタイミングでドイツ人のおっちゃんがNと私をピックアップしにやってくる。

「次に私達が住む予定の家を見せてあげよう」とおっちゃんはいう。

パジェロを走らせること数分、区画があるわけではないが、そこには建設中の先ほど見たのと同じ丸い家の仕切りあった。

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おっちゃんの建てている家

そこに家を建てていたのは3名ほどの現地の青年だった。好き好んでここで生活しようとするおっちゃん。

Nは「おっちゃんはすごい。これは一つの理想の形なのじゃないか。現地の大好きな人と、質素な生活をする。現地の人を雇用してここにお金を落とす。こういう形で社会貢献していくのもアリなんじゃないか。私にとっての一つのロールモデルです」と言った。

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Nは「学校を見せてください。ザンビアのと比較したいです」という。私も賛同する。おっちゃんは快諾して小学校に向かう。

「小学校はすぐ近くだけれど、中学校は16kmも離れている。そこを毎日歩いて通っているんだ。残念ながら今日は休みだけど、行ってみよう」

* * *

ジンバブエの小学校と幼稚園

パジェロで数分、ジンバブエの小学校・幼稚園に着いた。

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イメージ通りの小学校であった。

まず我々は事務室に向かい、挨拶をする。

学校の事務をしているお姉さんが現れる。このお姉さんはおっちゃんのガールフレンドの方と幼馴染らしく楽しそうに話をし始めた。案内をしてくれると言う。

小学校の教室とゆうパック

確かに誰もいない。

まず手前の教室から案内してくれる。残念ながら休日であるため鍵がかかっていた。

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なぜ小学校の壁は緑なのだろう。いや、私の小学校が緑色だったわけではなく、開発途上国の小学校の映像を見る時は緑であることが多い気がする。気だけかもしれないが。

黒板はちゃんとある。椅子や机は明らかに少ないが、やはり足らないのだろうか。

隣の教室にはゆうパックの段ボールがあることに気がついた。私はNに

「ゆうパックの段ボールがありますけど気がつきました?」と聞く。

明朗闊達で本当に羨ましいぐらいのNは直ちに「これの中見ていいですか?日本の郵便の段ボールなんです」と言い段ボールをくまなく見る。

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ラベルなどを一通り見て「どこからとかそう言うのないなぁー。流石に古すぎるのかな」と言う。

私は案内してくれているお姉さんに「これっていつ来たかとかどこから来たかとかってわかりますか?」と聞く。

「わからないなぁ、相当前だと思うわよ。ペンとかノートとかそう言うのが送られてきたの」と。

Nと私は「小学生の時とかのとき、ありましたよね。ベルマークじゃないですけど、途上国とかに寄付するためにいろんなものを集めるやつ。結局親がやるんですけど。当時は全く「途上国に送るんだなぁ」ぐらいの感覚で、それがどう言うことなのか、誰が使うのか全くイメージできていなかった。あれって本当にこういうところに来ているんだ」。

送ってすぐに募集があったことすら忘れてしまう。

日本のそういった事業が行われており、少なくとも一部は手元に届いていると思うと誇らしい気もしたが、複雑な気持ちもあった。

一つの教室が開いており、そこには三人の児童と先生がいた。勉強中だったようだ。

「彼女らは真面目で頭がいい。休日なのにこうやってきている」とその先生は言う。誇りなのだろう。児童は裸足だったが制服を着ており、なんとなく安心感を覚えた。

掲示がたくさんの幼稚園の教室

続いて幼稚園に当たるところをみる。

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壁や天井に掲示された工作や見たことのあるアメリカのキャラクターの塗り絵があり、教育がちゃんと行われていることに安堵を覚えた。

「これはザンビアよりも進んでいますよ。私のところではここまではない」とザンビア隊員のNはいう。

Nはここでも子供達に「幸せ?他の国のことを知っている?」とか聞く。本当に彼はすごい。

「幸せだけれど、このままじゃダメだと思う」と言ったとのことだ。ザンビアは今で納得してしまっているけれど、ジンバブエでそれは感じない分、未来がある印象だと言う。

幸せとはなんだろう。

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校舎の壁には支援団体のロゴが描かれていた。

校舎間の通路には土が入れられたペットボトルが逆さに連続的に埋められて通路を示していた。ぱっと見は何かわからないぐらい違和感のないものだった。

「これはなんですか?」Nは聞いた。

「もののリサイクル、有効利用を考える一環でこのような形にしたの」とのことであった。

教育として本当に望ましいと思う。写真を撮っていないのが本当に悔やまれる。

* * *

教科書と情報教育のための教室

我々は事務所に戻る。教科書を見せてくれると言う。

教科書は科目も非常に豊富で、新しいものばかりだった。

Nは「ザンビアより断然優れている。多いし、新しいし内容も豊富」と。

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NはPCインストラクター隊員であるため、忘れることなく「パソコンとかのある教室ってありますか」と聞いた。

「あるわよ。」

と言って事務所のある校舎の中、施錠された部屋に案内される。

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校長室のようで、狭いながらも立派な机が置かれている。その入り口にあるロッカーの中からレノボ製のノートパソコンが10台ほど収納されていた。Windows7だったと思う。割と薄型で、非常にちゃんとしたものである。

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「これはどうやって入手したんですか」

「アメリカが送ってくれたのよ」と返ってくる。それ以上はわからないのだろう、聞かないことにした。

現地では気がつかなかったが、今上の写真を見ると水色のノートが見える。そのノートには「UNICEF」の文字。ユニセフも見落とさずに支援をしていると言うことである。きっとユニセフの手が行き届かないところはたくさんあり、ここは恵まれている方なのだろう。

5USDずつのチップを支払い、学校を後にする。

* * *

学問の基本は分類である。

事実を整理し、そこの中から共通性を見出す。

Nは言う。同じように物事は「比較」から始まることが多い。

他の国にあって自分の国にないもの。何故ないのか。どうするべきなのか。自分たちは何をするべきなのか。

ゼロからiPhoneを作るのではなく、まずは周りを知り追いつくこと。

そのためには知らなければならない。比較しなければならない。

今のままではいけないのだと知る。

とにかくNは児童・生徒に「比較しろ、問題意識を持て」と言うと言う。

私も、自分ができることを探すために、比較するために、知らないものを知り、何かを得るために世界を見る。

* * *

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帰りに井戸を見た。先ほど話に聞いた井戸だろう。その一方、茂みがないところに行くとビクトリアフォールズの水しぶきが再び目に入る。

* * *

幸せとはなんだろうか。

私は何がしたくて何をするべきだろうか。

また、わからなくなってくる。

一時的なボランティアが悪いとかいいとかそう言う話ではなく、私は途上国が発展するには持続的に発展していくモデルが必要だと考えている。持続的に発展していくためには現地の方々が収入を得る必要があり、そのためには企業と顧客がWIN-WINとなるビジネスが成立していく必要があると考える。BE FORWARDはアフリカ市場に入り込んでいるが、アフリカの雇用をもっと生み出すシステムが望ましい。自発的かつ持続的に広がっていかなければ発展はしていかないと思う。

私は何ができるだろうか。このモヤモヤをどうするべきだろうか。

彼らにとっては数時間のもてなしかもしれないが、私にとっては一生だったりする。旅は小粒でピリリと辛い。

(了)

前話はこちら。第一話はこちら

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