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【ジンバブエ旅行記5】初めてのアフリカ・ジンバブエひとり旅!電気も水道もない村

【ジンバブエ旅行記5】初めてのアフリカ・ジンバブエひとり旅!電気も水道もない村

ビクトリアフォールズの飛沫が遠巻きに見えるほどの距離、たった16kmしか離れていない距離にその村はあった。

話の通り、電気も水道もガスもない、非常に質素な村だった。

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未舗装の道に入ってから5分ほど走り抜けたパジェロから降りるとそこにはおっちゃんのいう「村」があった。

村、(Villageと呼んでいた)いうからには複数の家族が住む集落があるものだと勝手に想像していたが、イメージとは違った。直径30mほどの円状に簡単な柵が設けられ、その区画の中に一つの家族が暮らすというもののようだった。

驚きを超えて呆然としてしまう。本当に何もない。

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「さあ、ついた。あのお姉さんが全部案内してくれるからなんでも聞くといい」

おっちゃんとそのガールフレンドは「荷物とか置いたら来るよ。1時間ぐらいかな」とか言ってパジェロでどこかへ言ってしまった。

正直言って現在もこのようなところで暮らしている人がいるとはイメージできても目の当たりにするとは思っていなかった。リトルワールドで目にしたそれや昔の日本のモデルとして展示されているものと遜色ないものだった。

N(ザンビアの学校での青年海外協力隊の隊員のイケメンで頭のいいお兄さん)と私は言われた通りとりあえずお姉さんに挨拶をし、案内されるまま丸太のベンチに腰掛ける。

「ようこそ。なんでも聞いてくれていいけれど、まずこの村の話をしよう。ここには私の家族が住んでいる。電気も水もない。キリスト教徒でもあるが、各家族には”トーテム(「精霊」など信仰対象)”がいてそれぞれ違うものを進行している。例えば動物。象、鶏、サイ、カバ、どんなものでも。我々場合はバブーン(サル)。トーテムは食べては行けないことになっている。だから我々は鶏とかじゃなくてよかった」

そんなルールがあるようだ。

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「自給自足や物々交換をして暮らしているけれど、この時期(4月〜5月)は作物が育たず食べるものがない。旦那も仕事がない。子供は7歳から27歳まで5人いる。学校に行っている娘もいる。小学校は2kmぐらいしか離れていないけれど、中学校は16kmぐらい離れている。そう、滝の近く。1日片道2時間以上かけて通学する。水も組みに行かなきゃ行けない。この村の最寄りの井戸は約4kmぐらい離れていて、1日2回水を汲みに行く。卒業しても仕事があるわけじゃない」

そんな風に語る。

話によると英語は皆話すことができるとのことで、そのほかにも独自の言語を持っているとのことであった。英語を話す途中でも特徴的な舌打ちするような発音が入ることがある。それに対してNは

「〇〇っていう言語だ!」

と理解を示していた。ザンビアでも同じような語族があり、通じ合うらしい。なんと言う言語かは思い出せない。

なお、ザンビアの中でも比較的ちゃんとした街で活動するというNとしてもこの村は衝撃的らしく、「協力隊のイメージはこういうのだった。この時点でここに来た意味がある。」とのことであった。

村と呼ばれる区画を見て回り、解説してもらう。

村と呼ばれる区画の中に一階建てで一つの部屋しかない一階建ての建屋が複数あるものだった。当然それぞれの建屋によって役割が異なり、キッチン用の建屋、寝室、トイレなどがある。

それぞれの建物が円形であり、それは「蛇が住み着かないようにするため」とのことであった。Nはグレートジンバブエ遺跡の建物が円形であったことに疑問を覚えていたようであったが、それが多少はしっくり来たようであった。

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お姉さんは各建屋を案内してくれた。

最初に案内された建屋は冬用のキッチン。食器がたくさん並び、この時は貧しい印象は受けなかった。

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そのキッチンにはツボが置かれ、その中には雑穀が入れられていた。ザンビアで暮らすNはそれが何かわかっているようだったが、私はそれ以上の認識はできなかったから潔く諦めた。

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違うツボには植物の幹のようなものが乾燥して入れられていた。こちらについてもNは直ちに理解していた。

「これは薬で腹痛の時に使うとよくなるのよ」とお姉さんはいう。

Nは「私もザンビアで出されたことがあります。効果を確認する前に病院に行って薬をもらったから効果はわからなかった」と言った。胡散臭い気もするが、別に試してもいない私が否定する理由はどこにもない。

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違う建屋に移った。

その建屋にはバケツがたくさん置かれていた。先ほど説明を受けたように水を運ぶためのもとのことであった。

「私たちのところは比較的近くに井戸があって助かるわ。もっと遠い人もたくさんいる」。

とはいえ2km離れているためこの大きなバケツを持って歩き回るのは相当大変だろう。ビクトリアフォールズの水しぶきが遠巻きにでも見えるというのに毎日井戸に通って水を汲みに行かなければならないとはなんとも皮肉なものだ。

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その部屋にはベッドがあった。話によるとベッドは男性が寝るためにあり、女性は地べたで寝るのだそうだ。このご時世にここまでの男尊女卑な世の中は如何なものか。かつては日本もそうだったのだろうか。

ザンビアもそうらしく、Nは当たり前のように納得している。私はこのような光景を初めて見て驚きを禁じ得ない。

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その中に木彫りの動物が見られた。

Nはすかさず「これは自分たちで彫っているんですか」

「そうだよ。このノミで全て彫っている。稼ぎがないからこれを彫って生計の足しにしている。5ドルだけどどう?」

どの動物も非常に細かく彫られていて、私もどこかで何か買おうと思っていたので一つ買うことにした。

その辺で買ったら5ドルもしないだろうからおそらく高めに言っているだろう。そんなことは明らかだがこれまでの話を聞いた後だし、寄付としての意味合いもあるため木彫りのカバを購入することにした。

これまでお土産物屋さんでこのようなものを見ても気にせず「いらない」と思ってしまうが、このように内職的に作られていて彼女らの生計を支えていると思うと如何ともしがたい。

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その後も我々のイメージをはるかに超えるトイレやバスルームを案内してもらう。トイレは穴があるだけだし、バスルームに関しては簡単な布の仕切りの向こうにバケツが置いてあるだけだった。

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「太鼓が私たちの携帯電話。良いお知らせ、悪いお知らせの時でリズムが違って周りの村にも届くようになっているの」という。太鼓自体はちゃんとした木材と動物の毛皮でできており、ちゃんと叩けば素晴らしい音がするのだろう。

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子供らに会う。

子供らとふれあうのも専門であるNは「今の暮らしが幸せか」と小学生の女の子に聞いた。

女の子は「うん、大変だけど幸せ」という。「でももっと出来ると思う」とか、そんな話を聞かせてくれる。問題意識を持っているという意味で将来に期待できるとのこと。

小学校では算数、国語、英語、理科、社会などを学んでおり科目に関してはザンビアと大きくは変わらないとのことだった。ただ、授業を受けることはできるがテストを受けるのには別でお金がかかるとのことで、修了証明がもらえないとのことであった。

これは本当にジンバブエが抱える大きな問題であると思う。教育は未来を作る上で本当に重要であり、このような環境を改善していく上では意義がある。教育制度が村に行き届いていでも実態がこれでは先が暗い。

正直、ビクトリアフォールズという村が頑張ればいける距離にあるこの村は恵まれた方なのであろう。

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村には鶏が何羽か買われていた。鶏も物々交換の対象となるらしい。卵は食べるのではなく、鶏を増やすためのそのまま残すらしい。

なお、牛は特に貴重であり、貨幣としての価値が極めて高いらしい。Nに言わせると「グレートジンバブエ遺跡の頃からずっとそう。貢物とかでも牛を持っていてて、本当変わってない」だそうだ。

文化と言ってしまえばそれまでではあるが、進歩性がないともいうことができよう。

この暮らしは日本だと何時代だろう。平安時代でももっと文明的だったとも考えうる。

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なおこの村では政府に月に一人当たり5USDの税金を払っているとのことであったが、子供らはそれは認識がないようであった。

Nは「ジンバブエのハイパーインフレの時はどうだったんですか」と聞いた。

お姉さんは「最悪だった。どこに言っても何も買えない。今もそのまま」とのことだった。

ハイパーインフレは都市ではほとんど問題なかったと聞いていたそうだったが、このような村はひどく大きなダメージであり、それがまだ尾を引いているとはやるせない。

「政府やアメリカとか先進国からの支援はないんですか?」と聞く。

「政府は信用できない。アメリカは物資などの支援はしてくれているようだけれど、郵便が腐敗しているから我々の手元には届かない」と返ってくる。

「10年後にまた来ます。この村がどうなっているか、教えてください」

我々は彼女と約束した。Nは先方の年齢を確認するとともに、参考にザンビアの平均余命を教えてくれた。

* * *

青年海外協力隊の紹介や途上国の実態の紹介などで電気・水などがない環境の話を耳にすることはあった。だが実際にこのように村を訪れるのは初めてで、衝撃は非常に大きい。

幸せとはなんだろうか。貧富の差とはなんだろうか。

やはり見なければわからない。1時間に満たない時間だったが、得られたものは計り知れない。

* * *

「青年海外協力隊でいうコミュニティ開発がこれに当たると思うけれど、私はこのような村で活動することをイメージしていた。今のそれなりの村では意味がないとは言わないけれど、やっぱり違う。このようなところを発展させていかなければいけないし、それがしたい。今すぐにというわけではないけれど、何かもっといい方法で貢献したい」

Nは誇り高く語った。Nとしてもこの村に来た意義があったようで、安心した。

続きはこちら(おじさんの作る家と小学校に行った話)。前話はこちら。第一話はこちら

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