「この山、すっごい楽しいですね!」
「本当に。こんなに楽しい山、初めてかもしれない」
登山中にすれ違った人生の先輩とそんな言葉を交わした。
そう、斜里岳は登るという行為が楽しいのだ。
* * *
私は正直悩んでいた。沢登りはしてみたいと思いながらも一度もしたことがないし(眼鏡が邪魔なのとこれ以上趣味を増やすのが怖い)、とはいえ折角斜里岳まで来たのだから沢ルートを登ってみたい。
そう、斜里岳のメインルートの登りは沢ルートと尾根側の熊見峠ルートを選ぶことができるのだ。
モノの本によると「百名山では珍しく沢登りを体験できる」とか調子の良いことが書いてある。ちょっと調べてみると「沢用の靴で登った」とかあーだこーだ書かれている。しかし都合よく探すと「登山靴でも登れた」とかも書かれているし、気合い次第な気がする。
自分が使用している登山靴の防水性は宮之浦岳で確認済みだし、靴やその中が濡れたからといって死ぬわけでもあるまい。残りの登山と下山が不愉快になるぐらいだろう。と考えることにした。
てな訳で、めっちゃ面白そうな沢ルート(旧道)を登ってみることにした。
* * *
この日の朝も快晴だった。
朝3時に起きようとしたものの夜の眠りが浅かったこともあり、気が付いたら4時近くになってしまっていた。清里オートキャンプ場から斜里岳の登山口は30分ぐらいだし、斜里岳のコースタイムは往復6時間程度と羅臼より短い。しかも夏至から二週間程度しか経っておらず日の入りが19時過ぎと登山には最適なシーズンとも言えよう。極論を言うと11時に登り始めても、休憩入れて18時に下ることができるわけで、周りからの顰蹙や後ろめたさを無視して考えれば十二分に時間はある。
しかし登山は朝にやるものだし、朝の方が科学的に山のコンディションが良い。と言うのも昼間に太陽に温められた空気は上昇気流となり雲となりやすく、展望を阻害しやすい。一方、朝は夜のうちに冷やされた空気が下に行くため比較的晴れやすい。写真のライティングも朝の方が良い。そんなわけで山、というか外遊び全般朝の方が良いのだ。
朝飯のパンを適当に食べ、テントをたたんでヴィッツに乗り込む。よっしゃ、行こう。
この清里オートキャンプ場のゲートは本来朝は施錠されており7時から開くとのことだが、事前に「明日登りますが、朝は施錠されていますか?」と聞いたところ「鍵は開けておくから、自分で門だけ開けていっていいからね」と仰ってくれた。霧島緑の村といい、そのようなもんなんだな、ありがたい。
昨日清里オートキャンプ場に来る際に、斜里岳登山口の標識があることを確認しておいたためカーナビなしでそちらに向かう。昨日見た斜里岳は巨大な雲製造装置たる様相を呈していたが、今朝の斜里岳は雲ひとつなく、独立峰として威厳を放っていた。やはり登山は朝なのだ。
* * *
オフロードの道を30分ほど走っただろうか、登山口にたどり着いた。この登山口には清岳荘があり、宿泊することができる。素泊まりのみとのことである。斜里岳は山開きしたばかりのようで清岳荘には旗が吊るされていた。おめでたい。
なおこの清岳荘は車中泊OK、500円とのことである。
駐車料金100円を所定のボックスに納め、登山名簿に名前を記載して登り始める。開始は5:30。
林道を5分ほど歩くと程なくして沢に出た。
登山道は沢に沿って整備されており、右に左に飛び移りながら少しずつ登っていく。初夏で残雪が一部残っていることに加え、斜里岳は昨日はおそらく雨で、なかなか激しい水量の沢。
途中、沢沿いのルートと峠のルートに分岐するが、そこに至るまでもある程度沢沿いを歩く。
当該分岐は真っ直ぐいくとひたすら沢沿い、右に行くと峠。この沢沿いの道は登りしか行くことができないルールのため、登りは沢沿いのルート(旧道)、下りは峠道の熊見峠ルートかなとなんとなく決めていたため沢ルートを真っ直ぐ進むことにする。
登っていくと滝、滝、滝。
滝を見るというか滝の脇を登る。靴が濡れないのは不可能、登るしかない。
時に浅い水の中も歩いていくがハイカットの登山靴が濡れるほどではない。
どこ登るねん、と思ったが、脇は一応歩けるようになっている。ただ滑りやすいため注意。
楽しい。
こういう道が得意な人は得意なようで、颯爽と登っていくハイカーがいる。すごい。
キラキラと輝く滝。振り返るとオホーツク海に雲海がかかっており美しい。
途中、熊見峠ルートと合流するポイントがあった。
「あ、昨日すれ違った」
と男女三人組の目上っぽい方々に声をかけられる。
「あ、羅臼で会いましたね」
と私は答えながら正直あまり覚えていない。話を聞くと羅臼平で出会ったらしい。そう言われると羅臼平で登ってくる彼らにエールを送った気がする。
「お兄さんは明日は?」
と聞かれる。
「私は阿寒岳登ろうかなぁと思っています。皆さんは?」
「私たちも阿寒岳登ります。どこから来てるの?」
「私は東京から来ていますよ。皆さんは?」
「神奈川。明日の昼の便だから朝イチで阿寒登らなきゃ」
話を聞くとANAの正午前後の羽田行きの便ぐらいのようで、私のピーチとは違うようだ。どうやら羅臼岳・斜里岳・阿寒岳と考えることは同じらしい。
行動食を食べて先に進むことにする。
* * *
名前の通り、胸をつくような急登。ここからの坂道は結構しんどい。火山っぽい道を登る。トレッキングポールを持っていなかったが持ってこればよかった気もする。
目の前には斜里岳の頂上が見える。
振り返ると絶景。
稜線に出たところの分岐には「荷物をデポしないこと(ヒグマが来る)」みたいなことが書かれており、この山もやはりヒグマがいるんだなと引き締める。
斜里岳を仰ぎながら最後一息歩く。花々がたくさん咲いていて美しい。
ずっと快晴。
終盤、祠があった。きっと先住民とかにとって霊山だったりしたんだろう。
そして頂上。
現地名のオンネ・ヌプリ(年老いた山)と書かれている。マチュピチュみたいだ(老いた峰)。
ひと思いに登り切った斜里岳は頂上に人がひと組ぐらいしかのんびりできる。その組と写真を取り合う。前の週に登った大混雑の平標とは違い、落ち着いた空気感だ。AM10時ぐらいと昼ごはんと呼ぶには早いが座布団をひいておにぎりでも食べることにする。
パノラマな眺めを見ることができる、最高の山だ。
落ち着いていると先ほどの三人組が現れた。改めて写真を取り合う。
「最高の天気ですね、昨日の羅臼も良かったですが」
どうやら登ったタイミングがよかったようで、続々と他のハイカーが登ってきた。そろそろ降ろう。
* * *
下山中、何人にも「早いですね」と言われた。まぁスタートが早いから。
途中の雪道もアクセントになる。ちょっと歩くのが面倒臭いし踏み抜きそうで怖いが問題なし。この雪渓は上二股(沢との分岐地点)にあるのだが、その近くには竜神ノ池があり、驚くほど澄み渡っていた。
下りの熊見峠も眺めも素晴らしかった。稜線歩きも楽しい。
合流後の最後の沢下りも面白かった。左右にぴょんぴょん飛ぶ。楽しい。
そんなこんなで、今回の旅の百名山二座目が終わっていく。下ったらまた昼食を食べよう。
(続く)
雌阿寒岳はこちら。
コメント