初めての海外のひとり旅のことは忘れない。
ある意味、人生を変えたときであり、視野が広がった。
入社3年目、26歳のゴールデンウィークときに初めて行った。フィンランド、ラトビア、エストニア。同期が一人でフィンランドに行くと言ったので、地域としては便乗した形だ。
海外旅行は何度か行ったことがあったが、一人で歩き回るのは初めてで正直怖い気持ちはあった。初めてである上、あまり日本では耳慣れない国なので荷物も潤沢に用意したし、色々と事前に調べもした。Wi-Fiルータだってヨーロッパ周遊できるものを借りた。
しかしそんな心配はいらなかった。ラトビアもエストニアも先進国であり、交通も治安も心配不要。これらもまた事実だが、出会いが大きい。
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ヘルシンキで一泊し、翌日にラトビアに飛ぼうという時、他に一人だけ日本人がいた。女性で、同い年ぐらい。ぱっと見から日本人だったが、ほかの東アジアの国々である可能性もあるので、最初は英語で声をかけたのをまだ覚えている。
彼女もラトビアに飛び、そこで友人と会うという。内閣府の事業である青年の船に参加していたことがあり、そこでバルト三国の人と多く知り合っているとのこと。別に筆を譲るが、私はこの事業に見事不合格になっている。
そんな彼女とその友人ユーリらと数日間ラトビアを観光することになった。その友人の友人の運転する爆速のプジョーに乗ってロシア近くの野外博物館まで連れて行ってもらったり、ユールマラのTokyo Cityという寿司レストランでタナカというメニューのご当地寿司をご馳走になったり、バウスカで宮殿を見たり、リガを案内してもらったりと本当に有意義だった。
夜にはオススメのレストランでビートの入った紫入りのスープを飲んだり、バーでブラックバルサム(ラトビアの薬草酒)とコーラのカクテルを飲み、彼らの友人が集まってきたりした。もっと長く一緒に居たかったけれど、私は彼女や彼らとは共通の思い出があるわけでもなく、早めにお暇した。
その一方で自分の教養のなさや英語力の低さを痛感したものだ。
初めて泊まったホステルは度胸がなく個室にしてしまったり、そこであったドイツ人の宿泊客にキットカット抹茶味をプレゼントしたりと。
楽しい時はあっという間に終わる。
三日間一緒に過ごした仲間と別れを告げた。タリンにバスで行き、そしてヘルシンキにフェリーで行くことになってしまった。
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今でもつくづく思う、初めての一人旅が本当に恵まれていて、選んだ地域も良かったのだと。出会いが一番大きいことはさることながら、ラトビアという特殊な地は、国籍や言語の問題、正教会、旧市街地、ハンザ同盟など数々の考察を与えてくれた。これまでただ訪れたドイツやトルコでは得られなかった感情が有機的に自分のものとなっていった。
この時案内していただいたユーリたちには本当に感謝しており、この経験がボランティアガイドを始めるきっかけともなった。
他の地域だったらどうだったかは、わからない。他ならば他でいい出会いがあったろう。
リガの郊外の公園には桜の樹があるという。まだとても若い樹で、細かった。また、リガに来よう。
私にとって初めての旅であり、はじまりの旅である。人生が動いた旅である。
何かを始めるのに遅すぎることはないけれど、早くからこの楽しみを知ればよかったな、っていうのが本音。でも知ってよかった。
怖がらず、旅が好きになる人が増えて欲しい。
旅は、出会いなのだ。
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